仏教?親鸞さん?それがなんなん?

さっき、こんな記事を書いたけれどね

身に染みた経験。「そんなん違うねん」では伝わらない。 - REIKO WORLD

 

この、↑はてなブログ記念すべき第一記事は、セッションの中で出てきた話ってことね。

 

 

 

で、今回のこの記事ではセッションを受ける前に我が家で起こった話を書いてみる。

 

あ、普段は私、アメブロを活用してるんですよ。

なんか、5、6年前にブログ始めようと思った時がアメブロだったから。

 

 

「ほう。アメブロあるのに何ではてブロ?」

って事については、

iPad miniにはアメブロアプリがなくって、アカウント取得してたはてブロはアプリあったから。

 

要するに、知り合いから譲ってもらったワイヤレスキーボートでカタカタしたいからです。

 

今現在、それが叶ってる。

うれしす。

 

 

 

さて、話を戻そう。

 

この記事のタイトルを見て、

「さっきの記事ではああ言ってたのに、え?」

みたいに思わないでね(笑)

 

てか、思うか(笑)

 

 

 

えっとね、昨日朝起きて身支度をしていたら電話がかかってきて、母親が電話に出たのね。

 

あ、基本的に私、親しい人以外との電話苦手だから

かかってきても出ません(余談。笑)

 

 

電話の相手は叔母さん(母の姉)やったんやけど、

なんか聞こえてくる会話が

 

「この間〇〇(←もう一人の姉)とこんなのに行ってきて。要は、仏教の話みたいでね」

「私も知らなかったけど、親鸞って人がね」

 

 

みたいな話を、「私の母親」が「私の母親の姉」にたいして話していた。

 

 

私、

「・・・・・・・。」

 

ってなったね(´Д` )

 

 

「え。私おるやんか」

とな。

 

 

そういうところやね。

さっきの、レタスチャーハンの話もね(笑)

 

まぁ、これからのお楽しみってことで!

 

 

 

 

要は、私が思ってるのは

 

「おいおい。仏教親鸞、それがどうした。そっち行かんでも自分の中におるっちゅー話やんか。

自分の中に、そういうのおるって。ていうか自分の分身おるって!お母さんの分身がいるんやでー。」

 

って話。

 

 

でも、その伝え方をしたところで、

(レタスチャーハン法で話しても。笑)

 

 

母親本人がその必要性を感じていないので(でもね、ほんとは、深いところでは感じているんよね。みんな、実は

 

 

きっと、母親の頭に向かって

そして私が頭ごなしに言うのはもちろん通じなくて。

 

 

私がまず、「後ろの正面の私」を定着させて、その私で流れに乗っていく月間。

 

 

んー、あ。

ややこしい話になるし、

きっと誤解して受け取る人が多いと思うけど、けど、今このブログ内で言える範囲で?言葉を使っていってみるわ。

 

 

 

「母親と格闘しています」

「だから、母親をなんとしてでも変えてみせます」

「今。巷でちらほら言われている“新しい生き方”が正しいんだよ!」

 

って、そういうことを

画面越しにこれを読んでくれてるかもしれない人にゴリ押ししてるわけじゃないんです。

 

 

“そういうわけじゃないんです”

と言いつつ、全くそうじゃないかと言えばそうでもなく

(あーーーー、分かりずらいよね。笑)

 

 

“何としてでも!”

“私、間違ってない!”

“みんな、馬鹿なんじゃない!?”

 

などの複雑な気持ちがある、そんな気持ちや考えも出てくるからこそ、

今のその私で書けることもあるよねーって。

 

 

ていうかまさに今ね。書いてるし。

 

 

 

読んでる側には読みにくいかもしれないけど、こんな感じの事がもっと自分らしく話せる自分になったら嬉しいなーて気持ちがあるから、その練習かな。

 

「アウトプット」って言ってるのはきっとそういうこと。

多分これからも「アウトプット」ってよく言うと思うから、

「あ、そういうことなんだなー」って思っといて下さい^ ^

 

 

 

ここで、私の母親の話に戻るけど。

 

みっちゃんとのセッションの中で

「〝後ろの正面の私〟としてやったら

お母さんにどうしたいか?」

 

を想像してみたら

 

「こしょこしょしたい」

みたいな感じやった。

 

こしょばして

ちょっとおちょけてみて

からかってみて

 

「うふふ」

「あはは」

「もぉー、ちょっとー」

「ギャハハ」

 

となればいい。

 

 

完。

やな(笑)

 

 

でもほんま、シンプルな話

それが真理というか

答えというか。

 

 

まぁ、これとは違う答えが欲しい人もいて、人それぞれやけど!

 

 

 

で、もし、

私が説明ってやりかたで母親と向き合いたいなら、

 

母親自身はその説明を聞きたいと思っているのかを聞く

→返事がイエスなら、何度もなんども(もしくは色んな角度や例え話で)説明する。

相手の理解度を確認する。

一気に言っても分かるわけないのは知ってるので適度なところで切り上げる。

 

話は知識、情報でしかないので、無理のない感じやその人にとって遊び感覚でできそうなことを見つけるのを一緒にやって、その見つかったことを一人でしばらくやって体感してみてもらう。

やっていく上で出てくる疑問は言ってもらったら答えるから〜って話もしとく。

 

 

とにかく、こういうことに取り組んでいく過程でめっちゃ嫌な気分になるのも重々承知なので(笑)

途中でやめちゃうことが一番もったいないってことも分かるから

嫌になりすぎず、簡単すぎずっていう、その人にとっての課題を見つけられるセンスが私に必要なのか。

 

 

センスか・・・

ある気はする。

でも、やったことないからやってみないとこればっかりは分からんなぁ。

 

 

 

または、母親の気持ちがどうか(母親の価値観的に、これから私が話そうとしてる話しが好みかどうか)は一旦脇に置いといてもらって(笑)

 

「ちょっと私の話したい話をたいから、意味わからんかもしれんけど聞いといてくれるー?」って先に言って、その後思う存分言いたいように話す。

 

この場合は事前に自分で言った通り

「私は話したい。お母さんは聞いといて」を、私が母親に希望したことなので

話が済んだら(というか話してる時点で)私の欲求?はそれで終わり。

 

 

話したかった→聞いてくれてるから話せた→話してて満足やった→おーわり♪

 

 

ありがとうと相手に言おうが言うまいがどっちでもいい。

言いたかったらいう。

 

自然と出てきたらそれが自然。

自然と出てこなかったらそれが自然。

 

 

るん♪

 

 

と、ここまで読んでくれてる人で

 

「ていうか、簡単に素直にバカやって楽しめばいいやん」

 

「寂しいねん」「お母さん好きやねん」

とか言えばいい話しやん。

 

などなど思ったあなた。

 

そう思ってるのにここまで読んでくれてるとか、ありがとう~。

 

 

そして、その通り。笑

 

それが早い?し

それが出来るならやるっちゅー話しやし

 

「いや、出来るとか出来ないとかの話じゃなくて」

って言いたくなる人もいると思う。

 

 

そう、その言いたくなる感じを

私はまさに母親に対してやっているのである。笑

 

 

私が言う→母親は受け取る気ない

 

誰かが私に向かって言う→私は求めていないのにアドバイスされるの嫌い

 

同じ穴の狢(笑)

言葉合ってるかな(*´・人・*)

 

 

 

 

長くなった!

最後に、アメブロのみっちゃんの腹魂セッションの感想を書いてるテーマのリンク貼っておきます。

 

これ⇒腹魂(はらたま)セッション|REIKO WORLD

 

書いてても腑に落ちてないこと沢山あるから恥ずかしいよね、なんか(笑)

 

 

 

わかってたり、わかってなかったり

いろんな面がある私。

 

 

でも、本来の私である後ろの正面の私は好奇心旺盛で、無邪気で、無敵でこの地球を思いっきり楽しんでるんですよねー。

 

 

 

このブログは(まぁ、アメブロもFBもそうやけど)、

そんな価値観を大前提に書いていくものです。

 

 

 

色々書いたけど

私は歌とくまモン体操を頑張る(笑)♡

 

 

 

今のところメインのブログはアメブロです
http://ameblo.jp/sondeee201602imagasuteki/